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小学校受験について考えてみた(5)

小学校受験をする上でペーパーテスト対策をする必要があるが、さすがにこれにコストをかける気にならない。
こんな問題が出されるのだ。

こんな問題できますか?|小学校受験・幼稚園受験の名門 幼児教室 にっけん

これはもはやただの知能テストであり、受験時点での発達が早いかどうかを見るだけのものとしかいいようがない。引用先サイトで「小学校入試問題の正解率 4~5才児83%、東大生78%」と東大生に勝ったことを誇らしげに書いているが、要は東大生が特に必要ともしていない能力のトレーニングをしているというだけの話である。もちろん東大がえらいわけではないのでこれがなにかの役に立てばそれでいいのだが、このテストでいくら優秀な成績を残したところで、将来社会を発展させていくことはできないだろう。

そもそも、この「話の記憶」の問題の解答が私にはわからない。左から2番目の男性は話の中で言及されていないので、この人を選ばせようという趣旨なのだろうなというメタ読みはできるが、論理的に考えれば、「駅の改札口で待っていたお父さん」が「バスから降りてきたネクタイをした人」と同じようにネクタイをしている可能性だって十分ある。端的に酷い問題だなと思う(なお、私の画像の貼り方がよくないので「話の記憶」の問題も学習院初等科の試験問題と誤認されるかもしれないが、これは学校名は不明だが実際に私立小で出された問題とのことだ(引用先参照))。ロジカルなこどもほど解答に悩むような問題を出題するのはさすがによくないだろう。空気を読むスキルを問うているのだとでもいうつもりなのだろうか?

小学校の入試は受験生であるこどもが文字が読めない前提なので、問題文ではなく口頭の質問になっているそうだ。すると、上記引用のような、お話が読み上げられあとから内容を問われる「記憶のテスト」のような形式になってしまう(メモも禁止らしい)。こんなの普通に文章を読む国語のテストや足し算・引き算をやらせた方がよほど意味があるだろうと思う。
コンピューターとインターネットが発達し、AIすら実用化されている現代において、「短期記憶」などというものは人類がもっとも苦手な領域で優先的にアウトソースすべきものだ。鶴亀算もそうだが、将来別のもので代替されることが確定的なスキルを受験のためにこどもに埋め込むというのは本当にやりたくない。

ねんのため、これは必ずしも学校を批判しているわけではない。私立学校はビジネスである以上、発達が早いこどもを集めて学校の評判を上げ、収益を確保していく必要があることは当然だ。
問題は親の側であり、こどもの発達が早いと見せかける目的で、このような問題へのトレーニングをどこまでやるかが問われている。さすがに初見で試験に臨むというのは無謀なので事前にトレーニングをしておくこと自体は仕方ないだろう(本来は試験問題自体が事前のトレーニングが不要・不可能なものであることが望ましいとは思うが)。

当家庭としては、試験のトレーニングはこどもがパズル感覚で楽しんでやれる範囲で、場慣れさせるためにのみトレーニングを実施することとした。スコアの「底上げ」は目的とせず、場慣れすることによる自然上昇のみを目的とする。
幸い、うちの子はこれらの問題をやるのは楽しいようで、いまのところは苦になっていなさそうだ。もちろん、中には1問解くのすら苦痛で集中できないという子もいるだろうが、そういう子は小学校受験は向いてないと思って諦めるべきだと思う。男子であれば仮に小学校受験・中学受験をしないという選択肢をとっても、公立の高校受験で大学を目指すというのは十分現実的なルートなので、それで問題ないだろう(自分がそうであったし)。

繰り返しになるが、私がこどもに小学校受験をさせようかどうかを迷っているのは、女の子だからというのが大きい。共学ではポテンシャルを抑制されるリスクが排除できない以上、男子のような楽観的な予測をするわけにはいかない。とはいえ、嫌がるこどもを机に縛り付けて知能テストのトレーニングをさせるというのはいくらなんでもやりたくないので、リスクを承知で共学の公立校に入れるということになるだろう。本来はトレーニングが不要な試験とすべきだとは思うし、公立の女子小中学校を充実させるべきだとは思うが、まあ社会に不満をぶつけても仕方ないので現状でできる範囲のことをやっていく方針である。(続く)